私のこと

私は宮城県の田舎町で生まれ育ちました。母に連れられてはじめてヴァイオリンのコンサートに行ったのが5歳の時。すぐに習いたいと言い出したものの、近くにヴァイオリンの先生などおらず渋っていた母。しかし半年経っても習いたいと騒いでいる私を見かねて、片道1時間半かけて仙台までレッスンに通う日々が始まりました。小学3年頃からは一緒に演奏する仲間も出来、合宿や東北各地での演奏活動ですっかりヴァイオリン、特に合奏の虜に!当時の先生のすすめもあり、6年生からは定期的に東京にもレッスンに通うようになりました。そしてめでたく第1志望の学校に合格、これから音楽と共に楽しい学生生活が始まるはずでした・・・。

が、いざ入学して見ると周りはコンクールの全国大会で第何位、とか既に留学経験があるとかすごい人たちばかり!!田舎から何も知らずに出て行った私には、劣等感だけがどんどんのし掛かってくる日々でした。それでも同じ東北出身の師匠が私の現状をよく理解してくださり、かなり遅ればせながらその時点からヴァイオリンの基本のキ、音楽の基本のキから教え直してくださったことが今の私につながっています。

師匠のご指導のおかげで大学に入る頃には実技試験で人並みの成績も取れるようになり、演奏のお仕事をいただいたりもするようになりました。しかし劣等感に苛まれることは変わりなく、今度は「お金をもらって演奏しているんだから絶対失敗できない」という思いからプレッシャーで体調を崩すように。そしてついに、あれほど好きだった合奏やオーケストラなど、誰かと一緒に演奏するというシチュエーションの時には体が硬直してしまい、全く力が発揮できなくなってしまいました。

それでも私にはヴァイオリンしかないので、演奏をやめるとか休養を取るとかいう考えは全くないまま自分を騙し騙し、なんとか演奏活動を続けていました。

 

29歳の時に出産。そこで私の転機が訪れます。出産後、近くに両親はもちろん親戚もいないので誰かに預けることもなく、平日は独りで子育てをしていました。

これまで音楽のためだけに費やしてきた時間と労力はあっけなく子供に吸い取られ、初めての出産でガタガタになった身体と不安定な心は焦りと不安で張り裂けそうでした。でも支えになったのは出産する数年前からずっとレッスンに通い続けてくれていた小学生の生徒たち数名。彼女たちの成長を思うと、私はここで終われない!思うようにヴァイオリンが弾けなくても、彼女たちのために今の私に出来ることを考えよう!と必死でもがきました。

ありがたいことにインターネットのおかげで知りたい情報をすぐに取り入れることが出来ます。アレキサンダー・テクニークを始めとした、これまで知らなかった「身体からのアプローチ」を勉強すべく講習会やレッスンに通い、自分自身を実験台にして、私にとって新しい演奏の仕方、身体の使い方、指導法に出会いました。まさに危機は転機となりました!

私の長いヴァイオリン人生の中で、いま1番演奏に手応えを感じています。

 

私の「音楽の旅」はまだまだ途中です。

今現在は「その人の心にとって、身体にとってHAPPYかどうか」を大切にするレッスンを心がけています。

これから先、変わる可能性もありますが笑

決してエリート・コースではなかった私の強みは「出来ない人の気持ちを知っている」ことです。そして出来ないことを出来るようにするプロセスも知っている方だと思っています。

 

でも舞台の上で演奏する人の苦しみや喜び、これはプロだろうとアマチュアだろうと、子供だろうと大人だろうと変わらないと思っています。私の経験と学びをフルに生かして「伝えたい」 これが今の私です。

 

 

 

5歳よりヴァイオリンを始める。

桐朋女子高等学校音楽科を経て桐朋学園大学音楽学部演奏学科卒業。

在学中より国内外の音楽祭に参加、コンサートに出演。卒業後はオーケストラ、室内楽を中心に演奏活動をする傍ら、後進の指導にも力を入れている。第7回日本アンサンブルコンクール 弦楽・ピアノデュオ部門入選。第10回長江杯国際音楽コンクール弦楽器部門 第2位。

これまでにヴァイオリンを板谷英紀、故久保田良作、久保良治の各氏に、室内楽を藤井一興、P.アモイヤルの各氏に師事。

 

 

須藤 みさ央

 

 

 

© 2019 Naranomori Violin Studio

 
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